家電量販店とわたし(モノとの関わりを考える)
すでに多くの人が指摘していることをまざまざと実感してきたのでそのことを書いてみます。
面白くない家電量販店
我が家の近所には、かつて公正取引委員会から排除命令を出された某家電量販店があり、暇つぶしのため時折立ち寄りますが、私が入店してもいらっしゃいませの一言もないし、売り場の位置を聞くために店員さんを呼び止めてもイヤな顔をされることが多いのですっかり憤慨しています。
スケルトンのiMacが売られていた頃は楽しかった家電量販店が、すっかり見るべきものがなくなっているのは何か理由があるに違いないということで、客層と商品をよく見ていると、わりと単純かつ再帰的な理由がわかりました。
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家電量販店は家電を売っているだけなのだ(体験を売っていない)
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「ガラパゴス家電」という言葉に象徴されるように、意図的におこげを作る高機能炊飯器やドアを空けなくても中の様子が見える冷蔵庫など、ニーズそのものはあるにしても、わざわざそのために数十万円の金を払うのはお年寄りしかいません。
私がその家電量販店から冷たくされるのは私がまだ老人ではない(あるいは自分で商品の善し悪しがわかる)から、どうせAmazonで買うであろう「冷やかし」とみなされているということです。
AirPodsとGooglehome
その同じ家電量販店で私はAppleのAirPodsとGoogleのAIスピーカーGoogle homeを買いました。これらはイヤフォンやスピーカーであることに変わりはありませんが、それ本来の機能よりも「音声デバイス」として使うべきものです。
AirPodsはSiri入力デバイス兼通話ヘッドセット兼イヤホンでもあるわけですが、ケースの蓋を開けて既知のデバイスとのペアリング接続が完了し、両耳装着でリスニング状態、片耳外しで一時停止、両耳を外して完全停止となります。
音楽鑑賞中に話しかけられたときには、片耳だけ外せばよく、ペアリング済みの別デバイスにつなぎ替えるときにも元のデバイスでのペアリング解除は必要ありません。
「便利だ」というだけではなく、音楽なり映画なりの鑑賞という「体験」に集中することに価値があります。
Google Homeは現在のところ家電との連携が流行らない限り能力を全部発揮することはできませんが、寝床ラジオや目覚まし時計としての能力は十分です。
まさしく「体験」そのものです。
これらの製品は概してスマートなのであまり目立つところに置いていませんし、大型テレビなどに比べれば「屁」みたいに安いものなので店員はあまり売る気がないようです。
家電量販店は団塊世代があの世に行った後何を売るのだろう
ホントこれです。現在ドラッグストアや洋酒コーナーも併設しているわけですが、おそらくAmazonなどの取次くらいしかすることがないのではないでしょうか。
かつて地デジとエコポイント特需で儲けたものの、東京オリンピックが終わったあとは徐々に衰退すると思います。
さて、その某家電量販店ですが、市内中心部の店舗はすっかりリサイクル家電専門となっていました。そういう販路もあると思わます。
また、AppleWatchがLTE通信専用にeSIMを搭載したこともあって、各種キャリアや格安スマホがそっちに流れるのなら手続きのための代理店としての役割もありそうです。