述而不作 いにしえの未来

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ウィントン・マルサリスがいかに素晴らしいか(またはつまらないか)に関する件

ウィントン・マルサリスは押しも押されぬモダンジャズの巨人と目されながら日本では皆目人気がない、場合によっては無視に近い扱いを受けている件について、自分も実はあまり彼の演奏が好きではなかったのですが、聴かず嫌いなのかもしれないと思って、改めて本気でマルサリスの全作を聴いてみました。

通常、評論家でもない人間が大して興味のないミュージシャンの作品全部を聴くなどというのはCD時代には金銭的に不可能なことでしたが、そこは天下の音楽配信サービスSpotifyのおかげで可能になりました。

その前に、まずウィントンがデビューした頃(80年台)の日本のジャズ受容の状況について回顧とともに、書いてみます。

 

マイルスとウィントンとスイングジャーナルの日々

1980年台、いわゆる電気ジャズが隆盛を極めており、「日本人が聴きたい4ビートアコースティックメインストリーム(?)ジャズ」なるものは、もはや日本企画で海外ミュージシャンに演奏してもらう以外に方法がないという状態でした。

当時の私、今にして思えば消えかかったろうそくのような存在だった薄暗いジャズ喫茶で日々を過ごす学生でしたが、そういう店には必ず常備されていたスイングジャーナル誌から得られる新譜情報が唯一の情報源でした。

そこで紹介されている「新譜」は、本国アメリカでは数千枚しか売れていないんじゃなかろうかという極めてマイナーなブルーノート復刻レコード、復帰したマイルスとウィントンの方向性の違いの論談、そして日本企画のジャズアルバム礼賛でした。(例外として、キース・ジャレットのスタンダーズトリオもありましたね。「キースがやっと正気に戻ったw」みたいな論評でした。)

マイルス・デイビスは復帰したとはいっても本調子ではなく、復帰第一作「マン・ウィズ・ホーン」の最終曲「アーシュラ」がたまたま4ビートナンバーだったので、「いよいよマイルスがアコースティックに戻る!」「60年台クインテット復活か!」などという憶測が流れては消えていきました。


Miles Davis - Ursula

さらについでに、80年台にちょっとしたブームだったウインダムヒルレーベルのアルバム(今でいうヒーリング/ニューエイジのような音楽)も、扱ってくれる雑誌がないものだから、仕方がなくスイングジャーナル誌が特集していました。当然クソミソにけなされていましたが。

マイルスVSウィントンの対決(のようなもの)については、いろいろと談義がされていましたが、ウィントンの音楽に対する不評の内訳は次のようなものでした。

・音数が多すぎる。
・上手ければよいというものではない
・アコースティックジャズだけれどもメインストリームじゃない
・若造である(レコード鑑賞の文化が長い日本人は伝説の巨匠が好き)


どれも一理あるのですが、ウィントンのトランペット奏法がジャズ界では前代未聞なものも多かったですし、クラシック演奏でも達人でしたから、やはり生粋のジャズファンには嫌われる要素が満載だったとしかいえず、スイングジャーナルの人気投票でもトランペット部門の第一位はマイルス・デイヴィスが譲らなかったはずです。

ウィントン・マルサリスの新しい聴き方の発見

ウィントンのトランペットの技量を堪能するには、リー・モーガンクリフォード・ブラウンマイルス・デイヴィスと同列に並べるのではなく、クラシック方面の名手の演奏と比較すると、意外なことにしっくりと耳に入るのです。

・アリソン・バルサ
・ホーケン・ハイデンベルガー
セルゲイ・ナカリャコフ
・ティーネ・ティング・ヘルセット
マルクスシュトックハウゼン(この人はジャンルが不明ですがECM系とでも言えばよいかと)

など。

これらの人々の演奏といっしょにウィントンの音源を片っ端からプレイリストに入れて聴いてみますと、ウィントンの超絶技巧がジャズという形の中でどう表現されるのかがわかります。



angel eyes - wynton marsalis

 

 試しに1曲、このもっぱらバラードヴォーカルとして演奏されることの多い「エンジェル・アイズ」
相当長いトランペットのカデンツァが置かれたあと、ピアノのみの伴奏で一応のバラード演奏としてテーマ吹奏。リズム隊が割りと派手に入ってきて、そのままアップテンポのソロパートに入ったあと、やはりカデンツァで締めて終わるというものです。

そのほか、どの演奏だったか忘れましたが、リップスラーフラッタータンギングとカップミュート開閉の絶妙な組み合わせでほぼ同じ音程を延々と吹いてみせたり、相当に計算されたハーフバルブ(?)をカマしたりと、たいていの人はこういうジャズトランペットを聴いたことがないものだから、そりゃそう簡単に惚れ込めません。

あと、話題になった「世界最速チェロキー」はこちら。(余談ですがこのトランペット変わった仕様ですね)


WYNTON MARSALIS "CHEROKEE"

 

リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラについて

ウィントンが音楽監督を勤めるこのオーケストラではアフロ・キューバンジャズやゴスペル、モンク作品集、コルトレーンの「至上の愛」のリメイクなど、さまざまなことをやっているわけですが、まっさきに聴いたアフロキューバンジャズアルバム「Live in Cuba」を聴いて真っ先に思ったことは、「ああ、ウィントンにはジャズに対するこだわりみたいなものがないんだね」ということです。

オーケストラだからウィントンの演奏かどうか定かではないのですが、かつてのガレスピーのように音圧最強音量最大でハイノートを出していて、ウィントンの技量をもってすれば、わざわざそういう奏法をしなくても普通にハイノートが出せるはずなので、「この音楽にはこういうハイノートが必要だから使っている」というように聴こえます。

この辺が村上春樹をして「前戯ばっかりうまい男みたいで信用ならん」と云わしめるところなのでしょう。

 

 それで私はウィントンを好きになったか

 クラシック音楽、現代音楽またはアメリカ古典音楽として聴くと楽しめるというのが正直な感想です。では、「ジャズではない」のかといえば、おそらく多くの日本人が好んで聴くジャズではありませんし、そういうのは50年台から親しまれてきた膨大なジャズアルバムが今もリマスターを重ねて販売されているのですから、日本のジャズファンはそういうアルバムをずっと聴いていればよいのでしょう。

とくに結論らしきものも出なかったので、日本人にこよなく愛されているケニー・ドーハムの「マイ・アイディアル」と、同じ曲をウィントンが吹いたものを比較試聴してこの文章を締めたいと思います。


Kenny Dorham - My Ideal

 


Wynton Marsalis - My Ideal