述而不作 いにしえの未来

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(読書感想文)新垣隆「音楽という真実」~ダイナソーの化石

 

音楽という<真実>

音楽という<真実>

 

佐村河内守という「作曲家」の作品は、実は新垣隆さんが佐村河内氏からの オファーにより書いていたという、「現代音楽某重大事件」の当事者である、新垣隆さんの著作です。

 

早速購入して読んでみましたが、特に難しい音楽論や自己主張はなく、ご自身の音楽との出会いや、恩師の話などを平易に書き綴ったものなので、楽しく読めました。

 

興味深かった点をいくつか書いてみましょう。

 

(1)YMOの衝撃

新垣さんが小学校高学年の頃に耳にしたYMOの音楽が凄い衝撃だったとのことで、そのことについて一項設けているのが、なかなか興味深い件です。

私もYMOがデビューした時のことは覚えていますが、私の年代の中でディープに音楽を聴いている人たちからはYMOは相当クソミソに言われていて、シンセサイザーの御大 冨田勲先生も「なんでいまさらあんなモノが出てきたんですかね?」と吐き捨てるように言ってました。

要するに「一過性のキワモノ」と思われていたわけですが、実はマイルス・デイビスの70年代エレクトリックサウンドであれ、シュトックハウゼンの「シリウス」であれ、現在大傑作として評価されている音楽の大半は当初キワモノとして認知され、「これがカッコイイ!」と直感できた一部の人たち(おおむね若い人たち)が、それを自分たちの音楽に取り入れて、次世代の音楽を作っていくのが世の習いです。

 また、その頃はパンクムーブメントの衝撃がポピュラー音楽シーンを席巻しており、従来の重厚長大/演奏至難なロックは「ダイナソー(恐竜=巨大で古めかしい)」と呼ばれていた状況でしたし、初期のコンピューターゲームも流行していた関係で、YMOは10代前半の世代に圧倒的に支持されていました。(と記憶しています)

 

(2)佐村河内氏のダイナソー好き

クラシック音楽の世界は、むしろ古臭くて巨大なものが愛好される傾向にあり、渦中の人である佐村河内氏がその典型だったとのことです。

佐村河内氏は「マーラー的なもの」が大好きだったとのことですが、マーラーという作曲家が典型的な理想追及型の人で、「交響曲第3番」でちょっと使いたいからという理由だけで少年合唱団を呼んで来て1時間近く待機させることに躊躇しないのは、尋常ではありません。

 佐村河内氏が、まさにそうした音楽を作りたい人だったようで、ようするに「ダイナソー」なわけです。

しかし、大編成で演奏時間が長い曲が素晴らしいわけではなく、人間が集中して音楽に向かうことのできる時間には限界がありますから、ただでさえ「冗長で長い」として一般リスナーから敬遠されるクラシック音楽で、必要以上に重厚で長大な作品はどこかムリがあると思います。

その辺の経緯は、本書に詳しく書かれているので、読んでみるのがよろしいかと思います。

 

(3) アカデミズムをどうするのか

私の同級生にかなりディープな音楽ファンがいて、彼は実際に楽器も演奏するのですが、何か目新しいと言われる音楽が出た場合、次のような会話がなされます。

「ところで、こういうの灰野さんとかジョン・ゾーンがやっていたっけ?」

「今のところやっていないけど、灰野さんならその気になればやるでしょ。」

「灰野さんがやっていないのは、フルオーケストラだけじゃね?」

「ところで、どんなジャンルでも美人アーティストのCDは売れるよな」

「そうそう、同じ美人でも、胸が大きければもっと売れる」

「結局それかよ?」

「まぁ、そんなもんだ」

佐村河内名義の「交響曲第1番HIROSHIMA」のCDを買った人も、概してベートーヴェン神話に釣られて物珍しさに買っただけで、その多くは聴いてみたらあまりの長大さに一度聴いただけで、二度と再生していないのではないかと思われます。

新垣さんも、「あれはロマン派音楽の混ぜこぜである」と明記しています。

 

一方で、新垣さん名義の「交響曲HARIKOMI」のような作品は、ライブまたはYoutubeで見るのが一番面白く、戦後前衛の古典はクラシック音楽のジャンルに入れられてお勉強の対象となり、アカデミズムの「今」はどこにあるのかという問題だけが残ります。

その辺も、新垣さんは軽い考察をなさっています。祝祭としての音楽がどのようにあるべきなのか、いつまでも巨匠神話にすがっているだけで良いのか、リスナーも色々考えてみたいものだと思います。

 

<補記>

YMOのヒット曲、「テクノポリス」や「ライディーン」は、長くエレクトーン教室の課題として採用され、需要掘り起こしに貢献しました。